九州うまかもん紀行 外伝2

11/21。
尾道散策。
去年12月にも一度訪れているが、また来てしまった。町の坂、階段、路地、海、猫の風景がやはり素晴らしい。
観光地図を見ながら、前回も訪れた千光寺や御袖天満宮等を、今回も迷いながら回っていると、石畳を掃いていたおばさんや、歩く速度が時速0.5kmくらいのお婆さんが、「どこへ行きたいのですか?」と声をかけてくれた。
また、尾道にも老舗のライブハウスがある事を知っていたので、こんな風情のある町にどんな風に建っているのかと興味を持ち、近くを通ったついで、その場所のあるらしい、ちょっとした繁華街に入ると、後ろから来る自転車のオヤジさんが、追い抜きざま「ここいら、スナックしか無いでえ」と忠告してくれた。場違いな観光客が迷いこんだ、と思ったのか。
さらに、車の多い国道沿いを歩いていると、今度は集配中の郵便さんがわざわざバイクを止めて「どこかお探しなのですか?」と声をかけてくれたりで、そのあまりの回数の多さに、嬉しさと共に驚いた。
去年はこんな事は一度も無かったのに、何故今回は、こんなに何度も地元の方から声をかけられるのだろうと不思議に思ったのだが、前回は、この時もやはり観光地図を見ながらの散策だったのだが、「是非、迷子になってあなただけの尾道を発見して下さい」と云う意味が込められた、敢えて簡略化されているその地図に、「この地図、不親切過ぎる」と本気で怒っており、おそらくその感情が表にモロに現れ、優しい尾道の人達が、声掛けづらい雰囲気を、私は達は醸し出してしまってたのかも知れない。
あれから私達は、いろんな町へ旅を繰り返し、もはや旅の玄人、今ではあの地図が云う様に、迷う事も楽しめる余裕が生まれ、穏やかそうなこの夫婦に、町の人は声をかけて下さったのだろう。

今回は、渡船にも乗ってみたかったので、尾道水道の対岸、向島にも渡った。
乗り場への桟橋の柵に、小魚を干したのが沢山吊るしてあり、生活と旅情、両方を感じる。
尾道向島を往来する渡船の航路は現在3つあり、先ず最も東側の乗り場、土堂港から向島へ渡り、島を1.5kmほど歩いて着く、富浜港から尾道駅前に渡る、と云うコースを考えた。島自体には特に何があると云う訳でも無さそうだが、この渡船自体が堪らなく楽しい。100円とか60円とかで乗られ、往復も何便もあるので、まだかなり生活に利用されているようである。
島のスーパーで昼飯のパンを買い、駅前に戻った。

駅前、海沿いの公園でパンを齧り、帰りの電車までの時間をぼーっとしていると、周囲の、犬の散歩や、親子連れに混じって、派手なスポーツウェア、サングラスの男が、スポーティな細い自転車に跨り、トレーニングなのだろう、私達の前を行って、そして戻っていった。
すると妻が「今の人、昨日の女装の人!」だと言う。自分も注意して見ると、確かに体格、髪が長い所などは似ているかも知れないが、いかんせん、夕べ見た格好とは当然だが随分違う。妻は間違いないと言うが、私はもう一つ確信が持て無かった。
こうしている内に、帰りの電車の時間は訪れ、何だか最後、釈然としない気持ちを抱えたまま帰路についた。

その二日後の日曜、何気無くテレビの主電源を点けると、神戸マラソンの生中継がされており、丁度スタートのタイミングで、全く興味は無いのだけれども、近くにリモコンが見当たら無かったものだから、何と無しにそのまま眺めていた。
所謂、市民マラソンなどは一種のお祭りイベントのようなもので、真剣にタイムを追う選手もいれば、とにかく目立ちたいというだけのような、妙な出で立ちで参加している人も多くいる。
一斉にスタート、暫くすると集団はばらけ出し、目立つ事が目的の派手な衣装の者は、当然走るには不利で次々と脱落。そして画面が先頭集団を映し出した、その時。
私はその先頭集団の、最も先頭に釘付けになった。懸命に走るその男の姿は黒いセーラー服。
間違い無い。尾道の女装おじさんである。尾道駅前で見た自転車の彼は、この日の為にトレーニングを行っていたのであった。