暮らしの手帖

今月から、いよいよ完全な無収入となった。
前の会社を辞めたのが去年の11月だが、それからも退職金が分割で振り込まれたり、ある理由で、4ヶ月間の臨時職員に就いたりした事により、失業保険の給付をずっと遅らせていた為、何だかんだで、僅かながらも毎月の収入は、ほぼ途切れる事無くあったのだが、それも今月分で終了である。
仕事を辞めてる人が、再就職までの間に遊ぶ場合、今は充電期間、などと表現する事があり、そうそう自分も充電中、でもいい加減、そろそろ充電できたかな、と思ってバッテリーを確認してみれば、未だ目盛りはエンプティ、コンセントが挿さってなかった事にようやく今気付いた、と云うふざけ果てた具合で、この後に及んで平日に、今度は北陸旅行を計画中、情け無くも、まだ社会に復帰する意欲がどうも感じられない。

だが無収入となった今、蓄えも心細い状態でこんな生活を続けるならば、元来、貧乏性で、あまりお金は使わない私であっても、更に支出を抑えていく必要がある。
そんなだから、常備酒には麦酒などとんでも無く、紙パック焼酎、これまで自販機でよく缶コーヒーを買ってたのはサンガリアに変更、また、ティータイムの茶菓子に用いるのはルマンドを上限にする、ウドンの玉を買い込む等、その他色々な節約を試みている。

図書館で本を借りる、なんてことも、これまた有効な節約術で、何せ無料で沢山の本が読めるなんて、これ程お得な事は無い、我ながら涙ぐましい努力、と借りてきた無着成恭編「山びこ学校」を家で寝そべって読む。
「山びこ学校」は戦後すぐ、編集者が教員を務めた、山形県にある寒村の中学生達の、生活に関する作文や詩の文集で、当時の義務教育とは云いながらも、貧困の為に自分達も働かなければならない、それでも生活は楽にならない、東北の山の暮らしが、生き生きと、と云うより生々しく綴られており、それらを読んで、私は胸を締めつけられる想いがした。
私は自分を酷く恥じた。何が「ティータイムにルマンド」か。一刻も早く、自ら穴を掘って入るべきである。
穴から出て、すっかり心を入れ替えた私は、早速、妻の実家の農作業の手伝いを申し入れ、一日中スコップを振り回して畑の水捌けを作ったり、苗を植えやすくする為、根っこの先をカットし続けたりした。
結果、三日も続けると自分の腰、背中、太腿裏が悲鳴を上げ、四日目には、自分の役割は、昼食の為に凍らせているウドンの解凍作業を率先して行うにとどまった。