青色エレジー

昨春、一年間程の無職生活から工場の派遣社員となった。
無職の頃は、周りの友人らは無職の大久保と言う事で「ムショクボさん」、などと蔑称で呼ばれながらも、同時にある種の、自由な人間への羨望というか、いい年してこの不景気な時代に何を考えているのかわからない奴、といった恐れのような感情も持たれているようでもあった。
が、その無職と比較すれば、本来であれば、収入の面、納税の面にのみおいては間違いなくステップアップした筈の派遣社員して勤め始めると、まっこと不思議なもので、彼らの反応は無職の頃よりもむしろ、憐れみだったり、気を使っているのか、今まで皆で盛り上がっていた互いの仕事における多忙さの競い合いを、私が話に加わろうとすると急に止めたり、呼称だけは有職の「ユウショクボさん」などと改めながらも、明らかに一段下の人間に接する態度に変わったりするのである。
確かに自分としても、責任は殆ど無く、気楽な身である代わり、同じ工程で働いていても正社員と派遣社員では収入面で凄い差があったり、正社員が100円で食べられるウドンが、120円払わねば食べられ無かったりと、間近で格差を感じてしまう環境に、劣等感を覚え無いはずは無かった。
去年の暮れ、そんな気持ちもあって、久しぶりに職業安定所に行ってみたところ、今年1月20日まで電池の試作を行っていた自分は、その翌21日からは、自販機に飲み物を補充する人になったのである。
現在は研修社員の身で、先輩と一緒に同乗しながら作業を覚えている最中なのだが、どうも私は、この仕事に関して筋が良いのか、その教育係の主任からは随分と褒めらている。
私が何気に自販機内の投入口に缶コーヒーやペットボトルジュースを放り込んでいると、
「そのラベルがそっくりな普通のミネラルウォーターとレモン風味のを、初めから間違えずに補充できるヤツはなかなかいない」
とか
「その立ちやすい細缶を、きちんと横倒しに補充し続けられるなんて、何かスポーツやってた?」
とか、こんな具合なのだ。
確かに私は、学生時代柔道で慣らした経験があり、その時得意技だった「体落とし」の手首の使い方と、自販機の補充口に缶を投入する際の手首のスナップには通ずる部分が・・・いや無い。全く違うと思う。
このような調子で、多少主任のお世辞はあるにしても、もしかすると私はついに天職に巡り合えたのかも知れない。そう言えば自分の歌詞にも、しばしば「自販機」というフレーズを使うくらい、自販機が好きだったのだ。
そんな訳で、もう誰も私の事をこれまでのように「ムショクボ」、「ユウショクボ」などと軽んじた名で呼んでもらいたくは無い。
これから私の事を呼ぶなら、「天職」へ華麗なる「転職」を遂げた大久保、と言う意味を込め、「テンショクボさん」と改めなければならない。