無泊三日東京旅行 1

町田康さんのファンである。
と言っても熱心なファンになったのは最近の事である。それまでも10代の頃、年上の友人から、氏がミュージシャンとしてデビューする事になったパンクバンド、INUの「メシ食うな!」のCDを借りたり、20代前半に小説「権現の踊り子」を読んだりして、その歌詞や文章の言語感覚に強烈な印象を受けはしたものの、「何だか凄いけど、よくわからない」という感想に落ち着き、それから何年も氏の作品に触れる機会は無かった。
それが一昨年、私は更に年齢を重ね人生経験を積んでおり、人間的にも成長、あとは仕事さえしていれば僕は完璧、という無職の時代。
日々の大半を図書館と近所のショッピングセンターの休憩コーナーで過ごしていた私は、そのセンター内の本屋にて、たまたま彼の長編小説「告白」の文庫版がとても分厚い事に目が付き、立ち読みした所、そのあまりの面白さに、そのままレジへ向かい、またいつもの休憩コーナーへ、その日は閉店までそこを動かず読み耽ってしまったのである。その後、小説家としてのデビュー作である「くっすん大黒」、初期エッセイ「へらへらぼっちゃん」「つるつるの壺」「耳そぎ饅頭」を立て続けに読んだ。無職で日中何もする事が無い人間にとって、初期町田作品は、昼酒をやるのと同じ効果がある。これらを読むとあらゆる事がどうでも良くなる。依存性は極めて高い。
以来私は、その殆どの著作を読み漁り、もはやマーチダを常用せずにはいられない体と成り果てたのである。

先月、夜行バスの往復切符を買い、仕事を休み、無泊三日で東京に出かけた。有楽町にある、よみうりホールと云う場所で、一週間に渡り「夏の文学教室」と云う催しが行われており、その中の一コマが町田康氏による講話だったのである。氏が出演するイベントは、東京や、彼の住む熱海市辺りでは度々開かれており、いくらファンであっても、よりによって平日の、その一時間の為だけに、有給も無いのに仕事を休んで東京まで出掛けるなど、普段なら考えられないのだが、今回、町田氏が講話に選んでいたテーマが、井伏鱒二の小説「多甚古村」について、だった事に、私はどうしても行かねばならない、と考えたのである。
以前この日記にも書いた事があるのだが、私はこの小説がとても好きで、しかもこの作品の題材となったものが、徳島の沖ノ洲村(現在は徳島市沖ノ洲)に駐在した巡査の日記だった事を知り、図書館の郷土資料やインターネットの古地図を見て、小説の舞台となった場所を割り出したり、主人公が休日を使って訪れる一宮城跡(小説では六の丸城跡)を自分も訪れてみたり、非常に思い入れのある作品で、井伏鱒二といえば、「黒い雨」「山椒魚」などもっと他に有名な作品があるにも関わらず「多甚古村」、自分の最も好きな現代作家が、なんとピンポイントにテーマを選んだのか、とすっかり興奮してしまった。

7月22日、水曜日。工場の仕事を終え、夜行バスで東京に向かう。初めての二階建バス。旅の移動中の鉄道やバス内で缶ビールを一本開ける事があるのだが、いつもあまり美味くない。紀行文などでこういうシーンを読むと、旅情があって良いなと思うのだが、やはり自分の取る安い席では窮屈過ぎて駄目だ、と思う。