桜心より剣菱よりもわしの好いたは色娘 勝又進「赤い雪」より

冷蔵庫の中を覗くと大根、蒟蒻、練り物の類が入っている。最近ぐっと寒くなり、妻は近日中におでんを作ってくれるのだろうと推測され、楽しみである。
そうなるともう三十路も越えてる事だし、燗をした日本酒で合わせるのが粋ってやつでは無いかと、いきったげにリカーショップへ走る。
といっても、私は普段はいわゆる第三のビールハイボールばかり呑んでおり、日本酒の事など分からない。
とりあえず、日本酒のコーナーへ向かい目に付いたのは、一時期snuffy smilesのレーベルロゴにも使われていた灘の酒「剣菱」である。私も何度か呑んだ事があるが、ガツンとくる無骨な味で好みではある。
しかし我が家にこの酒を常備酒として据えるには少し問題がある。
私の妻の実家は酒を飲む習慣が全く無く、あまり飲酒に関して寛容とは言えない。その妻がこの剣菱の様相を見ればどう思うだろうか?

この酒のラベルは不動明王の剣を表すとも言われたり、上部の剣型は男性、下部の菱型は女性を表すとも言われたりで、デザインも味に負けず劣らず無骨。その上、一升瓶以外で売られている事が殆ど無く、数ある日本酒の中でも酒呑みのイメージが強い銘柄なのである。
更に言えば、私は現在、必要も無いのに何度も言うが無職である。
無職の住む安アパートに、酔っ払った私と同様に、台所の片隅にごろりと転がる安酒の一升瓶。
その姿は崩壊した家庭、古い封建的な亭主関白そのもののようであり、妻がもし、田嶋陽子のようなフェミニストであれば、その存在だけで男尊女卑と糾弾されてしまうのでは、とさえ思い、恐ろしくなる。それ程までに、この酒からは、失われてしまったかつての日本の強き父親像という物を感じずにはいられないのである。
やや大袈裟な表現となってしまったが、できるだけ妻の目に入る際にはソフトリーかつラヴリーな印象にしたいので、剣菱は却下する。
次に私は、地元の酒は地元で、地産地消を進めるべきだという考えに至り、地酒コーナーへ。
米をあまり作ることのできない徳島でも意外にたくさんの酒蔵が存在しており、迷ってしまう。
悩んだ挙句、三好市の芳水酒造製作の、ピンク色の紙パックがインテリアとしても愛らしい「芳水マイルド1.8リットル」を選んだ。