妻の嗅覚

女の勘は鋭い。
妻の場合、その鋭さが最も顕著に現れるのは彼女の並外れた嗅覚にある。一家揃っての愛犬家である我が妻は、その執心ぶりについには犬神様が体に降りて来られたのでは?と思う程である。

例の事件以来、次の日の仕事がある場合には夜更けての飲酒を控えるようになったのだが、それから一度どうしてもその日の疲れがひどく、酒による甘美な癒しに頼ってしまおうと、間も無く日が変わるという時間にも関わらず、自分の部屋に密教徒の如く、こっそり、私はマグカップ半分程注いだ酒を持ち込んだ事があった。
飲んではいけないという背徳感が「禁断の果実効果」を生むのか、750mlで598円の安酒がまるで大吟醸のような芳醇でフル-ティーな香りに思える。偽大吟醸を口に含もうとした正にその時、私の部屋をノックするのは何と犬神!ではなく、我が愛する妻であった。
慌ててマグカップを布団の取り払われたコタツの足の裏に隠し、用件を尋ねると妻は
「私に何か言う事は無い?」と尋ね返す。
そして私の部屋に入るなり鼻をすんすんさせ、
「何か発酵したような、乳酸のような臭いがする」と。
その時隠した安酒とはマッコリであり、私は今、正に「隠れマッコリ」を一人楽しむ直前であった。なんとなくいかがわしい響きになってしまったのは故意では無いが、ともかく、私は隠しているコタツの足と妻との対角線上に陣をとり、必死にその場を取り繕うのであった。