芋焼酎の歴史

この所、家で麦酒ばかり飲んでいる。
麒麟ラガー、アサヒのスーパードライ、時にはサントリープレミアムモルツやエビスも飲んでいる。こんな事を書くと、お前のような無収入の怠け者が第三のビールを飲まずに本物の麦酒にこだわっているなんて贅沢である、どうしても飲みたいならサンガリアのラムネチューハイとかで我慢するべき、と言った意見が出るかもしれないが、これには理由がある。
私は暇なので、たまに妻の実家の農作業の手伝いをするのだが、普段から我家はよく、米や野菜を戴いている為、この程度の事はして当然で、たとえ義理の両親がその賃金を払おうとしてくれようとも、受け取らないようにしている。
しかし、いつもそれでは悪い、と本当に自分は構わないのに気を使ってくれたみたいで、先日、好みは分からんので、取り敢えず4大メーカーの麦酒6パックを一種類ずつ、賃金代わりに買ってくれたのである。
私は元来、麦酒が好きである。好きな癖に350ml缶を一本飲むだけで、茹で海老のような紅ら顏に変化し、愉快な気持ちになる。そして調子が良い日などは「阿波の新名物、一人にわか連」と称し、部屋で一人阿波踊り、如何にも運動神経の悪そうな男踊りを舞うのである。
暫く長い間、常備酒としては、1.8リットル1300円程の安価な芋焼酎ばかり飲んでいたので、余計に麦酒が高級に思え、美味しい。
しかしながら不思議なもので、4種類の麦酒を日替わりで楽しんでいると、今度は、単に経済的な理由から切り替えてたに過ぎなかった筈の、あの芋焼酎が無性に飲みたくなってきてしまった。
内田百閒の随筆を読むと度々書かれてあるのだが、百閒はかなりの酒好きだが、彼は毎日飲む酒は一定に決まってないといけない、としている。うまい酒は、いつもよりうまいと云う時点で、彼にとっては欠点となり、常備酒としては口には合わないらしい。仮にいつも飲んいる酒が醸造元で味が変わった場合は、また変わった状態の味が一定になってくるから良しとするのである。
私の場合もこれに近いものがあるようで、すでに自分の舌は、麦酒よりも安い芋焼酎の味にすっかり馴染んでしまっていたようである。そして現在、飲んでる麦酒も、4種類の日替わりで銘柄が違うものだから、美味く飲んではいても、いつまでも味が舌に定着されない。その為、かつての慣れた芋焼酎の味が忘れられず、恋しくなっているのではないかと考える。
ちなみに自分がいつも飲んでいた芋焼酎は、徳島の酒造会社、日新酒類株式会社製造の「阿州鳴門金時」という銘柄であり、何故こればかり飲んでいたかと言えば、まず健康と経済的理由から焼酎に切り替えようと思っていた事、それと地産地消にはこだわろうと、地元徳島の1.8リットルパックの焼酎を探した所、この一種しか見つける事ができなかったからである。別に味がどうとかは一切無い。
私は現在47都道府県の7割程度の県庁所在地を歩いてみたが、それで比較する限りでは、徳島の経済状況は他県と比べても極めて厳しく、今の所ワーストと言って良い。今後も人口減少と共に更に冷え込んでゆくのは間違いなく、回復の大きな鍵となるのは、やはり地産地消と観光だと思う、といきなり地元経済について書いて、全く説得力に欠けるのは、私が無職だからである。