休止の休止のお知らせ

今年3月のライブを最後にバンドの活動は休止してあるのだが、それ以降も、週1とまではいかなくても月に3、4回ほど、毎回1時間だけだが1人でスタジオに入っていた。
そして少し前から、もっぱら力を入れて励んでいるのは、バリトーン・ボイスで歌う練習である。
何で?と疑問に感じられる方のために説明すると、休止前に作りかけだった曲の歌詞ができたので、その詞にメロディとリズムに馴染ませるべく、歌い回しを色々試すのだが、その歌の感じを イアン・カーティスや「sports men」での細野晴臣みたいな感じにしたい、と思っての事であった。
私は普段、喉を使って歌う事が多いのだが、それではどうも低い音が通りにくいので、腹式呼吸にしてみたり、逆にもっと喉を絞り上げて浪花節みたいな感じで歌ってみたり、試行錯誤を繰り返した。
すると、だんだん自分なりには良い感じのバリトンになってきたよう思えてきたので、今度はリズムも刻みながら歌ってみると、ますます気分が乗ってくる。
バリトン・ボイスのドラムボーカルで思いつくのは、lemuriaのアレックス・カーンズである。そのlemuriaのタイトル名も覚えてないけど好きな曲を、いい加減な歌詞で演奏してみたりもした。
なかなかの感触を得て、スタジオの部屋を出てから誰もいない待合室にて、アイフォンに録音した先ほどの演奏を確認してみる。
しかしそこから流れてくるものは、イアン・カーティス細野晴臣、アレックス・カーンズらのような、深く、渋く、クールなバリトン・ボイスとほど遠く、まるで、ゲップが出そうなのを堪ながら念仏踊りをやってる、みたいな声と演奏で、我が事ながらこれを聴くのは恥辱でしかなく、すぐさま録音データを消去した。
これまでやってきた練習は、全て無かった事にしてしまいたかった。

この事故がきっかけで、やはりバンド編成での演奏がしたい気持ちが高まった私は、ちょうど自分の現在の状況に、一時的ではあるが落ち着きも出た頃だった。
そういう訳で、先日5ヶ月ぶりにthirsty chordsでスタジオ練習を行なった。
案の定、メンバーの2人はこの間ほぼ楽器を触っていない(Baの人に至っては「全くでよ〜」などと舌を出して)との事であったが、いざ合わせてみると、曲によって若干忘れている箇所があるにせよ、思った程ブランクを感じなかった。
強いて弊害を挙げれば、長らく弦を押さえてこなかった事による指の痛みと、この期間に、私が我流で取り組んだバリトンボイスへの試み失敗により、すぐに喉が潰れるようになった、という事ぐらいである。

そのような感じで、現在活動休止中とはしてますが、一時的に動く事のできる合間があるため、久々にライブ出演をします。

「no music、no life 」

日に10回くらいは言ってた、あの頃。


9/22(FRI)
at CROWBAR
fixing a hole & friends presents
「HEADSPARKS Japan tour」
w/ HEADSPARKS(UK), SILVERWIGS , THE ABSENTS, bows
open 18:30 start 19:00
adv / door 2000(+1drink order)

 

休止のお知らせ

2017年の3月をもってthirsty chordsは活動を休止します。
これまでにもメンバーの脱退などによる休止は何度かありましたが、諸事情により、今回は自分自身がしばらくバンドから離れる事となりました。再開については全く未定ですが、少し長い期間の休止になるかと思っております。
本当は前もって告知をした上で、あと一度くらいはライブができたら、という考えもありましたが、機会を合わす事が難しかったため、このような突然の休止となってしまいました。すみません。
私の友人は、バンド活動を通じた知り合いがほとんどなので、しばらく会う機会がずっと減ってしまうのは寂しいです。タイミングが良ければ、たまにはライブハウスなどへ演奏を観に行ったりはしたいとは思ってますので、その時には出演者の皆さんは、早く自分がバンドを再開したくなるような、良いライブをきっちりと宜しくお願いします。

ではお元気で。いつかまた。

thirsty chords 大久保

鳥取にて

先週、去年より誘われていた、鳥取のsemi、teleの2バンドが主催する「鉛色の光」というライブに出演した。
鳥取へ出掛けるのはバンド活動のみでなく、3年前の無職の頃にあちこち旅行した際にも行く機会が無かったため、非常に楽しみにしてあった。
同じく徳島からabsentsも出演だったので、ライブの前日に連絡を取り一緒に行くかどうか相談したが、結局、各々で出掛ける事になった。
我々thirsty chords が淡路島から明石海峡大橋を渡り、権現湖サービスエリアで権現湖を一望して兵庫を抜ける、山陽自動車道ルートを選択したのに対し、absents側は坂出から瀬戸大橋を渡り、途中与島パーキングエリアで実寸大パトレイバーを見上げて岡山を抜ける、中国自動車道ルートを選択していたが、どちらも折れないため、意見はまさしく平行線、それぞれの道を進んだのである。俺たちは仲良しサークルバンドではなく、パンクバンドなのだ。

道のりは思っていたよりずっと近く、午前9時前に徳島を発ち、昼過ぎには鳥取砂丘に着いた。せっかく初めての鳥取なのだから、やはり観ておきたかった。
県を代表する、日本有数の観光名所の土曜日ともあって、さすがに人が混み合っていたが、それにも関わらず山陰の、日本海沿岸の何とも言えないもの寂しさが砂丘からは感じられて、とても美しい場所だと思った。
ライブも本当に楽しかった。
ここまで強烈にシンパシーを感じられるローカルシーンはなかなか無いように思う。きっと同じような、町の暮らしなのだろう。

打ち上げにも参加し、夜分遅くになってteleの長坂さんの家に泊めていただいた。
翌朝の朝食。白いごはん、じゃがいもの味噌汁、漬物、メカブか何か、初めて食べる「豆腐ちくわ」、エトセトラ。涙が出そうになるくらい美味しかった。

ライブ告知

ライブの出演依頼は大して無いが、少ないながらその中身は、主催の方々の自分たちに対する深い愛情を感じる場合がほとんどで、また、その場合は例外無くどれも楽しそうな企画であるため、できることなら全て参加したいという気持ちはあるのだが、現在、先の予定が組みにくい状況で、なかなかメンバー全員の都合をつける事ができず、残念ながらお断りする事が多い。

そんな中、唯一3月に鳥取でのライブのみが決定しております。初めての土地であり、鳥取アンダーグラウンドのパンクシーンについては詳しくないですが、この出演する「鉛色の光」という企画を主催しているteleとsemiという2バンドがかっこ良い事は知っており、非常に楽しみです。
詳細が出て始めて知ったのですが、徳島からはthe absentsも一緒に出演します。

absentsはnot for...、till dawnという、いずれもハードコア色が強めのメロディックバンドの元メンバーと、cabbage caseというディストロをしているアベ氏により結成されたパンクバンドで、去年からの活動開始以来、彼らは勢力的にライブをやっているのだが、いつも出演を一番目ばかりしたがるために、私が仕事の都合などでスタート時間に間に合わない事が多く、最近になってようやくその演奏を観る事ができた。
absentsの素晴らしい所は、もちろん曲も良いのだが、何より、アベ氏が30半ば過ぎてからドラムを始めた事(この人は10年くらい前にはやはりメロディックバンドでベースを演奏していた)、not for...ではボーカルのみを担当していたフジミ氏が、40をとうに過ぎてからキーボード&ボーカルに挑戦している、という事である。新しい事に挑戦する姿は、観ていて、つい胸が高鳴るものである。

鳥取への当日は、absentsとどのようにして会場に向かうかは、まだ何も決めていない。
彼らメンバーとは、ライブ会場では馴染みの間柄ではあるが、それ以外での付き合いはほぼ全くと言って良いほど無い。
片道5時間ほどの道中、うまくコミュニケーションがとれるか不安である。総勢7人になるのでおそらくは各バンド一台ずつ車を用意する事になるだろうが「次のサービスエリアでシャッフル!」などと、乗り合いを混ぜたがるお調子者がいないとも限らない。文庫本、ニンテンドーDS、UNOなどを用意し、間を持たせられるよう努めたいものです。

3/11(sat)
at 鳥取STRAWBERRY FILEDS
「鉛色の光 Vol.4」
w/ tele, semi, 風船爆弾, NO ESCAPE, THE ABSENTS
open 18:30 / start 19:00
adv 1000 / door 1500(+1drink)

最後の晩酌

今年は酒をやめようと思う。
こう書くと、現在の自分がいっぱしの酒飲みであるかのように誤解されてしまうが、私は缶ビール一本でも顔が赤くなってしまうくらいで、酒は弱い方である。
そんな調子だから、仕事から帰り、晩酌をしてしまうと、すぐ頭がぼんやりしだして、もうその日は何もする気がなくなる。布団に潜り込んでから、せめて本でも読もうとページを開くが、大抵その見開きのページすら読みきらないうちに、眠り落ちてしまう。

昨年、ちょうど今の仕事に再就職してから、ずっとこんな調子の日々で、バンドの楽曲の創作活動にも当然影響はあり、気づいてみれば、去年は一年でたった一曲しか作らなかった。
妨げとなっているのは、自分の場合、明らかに肉体労働の疲労と飲酒よる睡魔であり、このままではまずいと、昨年暮れあたりから、晩酌をやめようと考えるようになったのである。
ところが、今年に入ってもうすでに三週間が経過するというのに、酒を飲まなかった日は、ただ一日も無いのである。

これにはもちろん、正当な理由がある。
本来ならば、キリ良く今年から禁酒、としたかった所なのだが、我が家台所、流し台下の収納には、去年から常備してあったパック入り蕎麦焼酎と、義母が昨年作ってくれた梅酒が、まだ残っていたのである。これらを捨てしまうのは勿体無い気がしてならない。妻は酒を飲まないので、処分するには私が飲み切ってしまうしか無いのである。
私は年の始めの連休を使って、やむ終えず酔っ払いながら、残りの酒を空けていった。そしてようやく我が家から、創作活動妨げの元凶である、アルコールの殲滅に成功したのである。
これで私は心おきなく、仕事終わりの夜の時間を有効利用して、毎晩作詞作曲活動に勤しめるというものである。
今年は頑張って二枚組音源を発表しよう。そう思ったところが。
私はある重大な計算間違いをおかしていたのだ。
何と冷蔵庫に、焼酎と梅酒を割るために買ってあったペットボトル入り炭酸水が、まだ半分以上も残ってしまっていたのである!
私は、この味の無い炭酸水を、そのままで飲む事ができない。妻も「この寒いのに欲しく無い」と言う。この間にも、すでに一度空けてしまったペットボトル入りの炭酸は、どんどんと気が抜けてゆく。
余りに勿体無く思った自分は、再び蕎麦焼酎を買いに、スーパーに出かけざるをえなくなったのである。
私はこの失敗を教訓に、アルコールと炭酸水を同時に飲み終える事を最重要課題とした、完璧なバランスのソーダ割りを作り続け、またしても不本意な酩酊を繰り返した。時には、湯割りやストレートを織り交ぜ、焼酎の消費を速めるなどの工夫も必要だった。
そしてついに、この家からアルコールと、その割材を無くす事にも成功したのだ。
が、苦労は常に報われるものでは無い。むしろ残酷な事が多いのが現実である。
私が今後のバンドの成功の為、苦しみ抜いた末に家に存在した焼酎と炭酸水を全て飲み終えたのは、時にして1月7日の夜。
そう。その翌日1月8日第二日曜日は、大相撲初場所の初日なのである。
大相撲の本場所は一場所15日。それが年に6場所あるので、私はその90日は、ほぼ酒を飲まない日は無い。国技と呼ばれる相撲は競技であると同時に神事の側面も強い。
神事に、酒は欠かす事ができないのである。神事において酒を飲む事は、神様に近づく為の手段であった。酩酊状態が理性を遠ざけ、より神様の声を聴き取り易くすると、考えられた為である。
たびたび、名曲とされている歌のメロディや歌詞は、天から降って来る、といった話を聞く。酔っている今ならば、神様から曲のアドバイスを聞くチャンスかもしれんと、酩酊状態で浮かんだメロディや歌詞をアイフォーンなどに記録した事もあるが、翌日確認してみると、やはり、ただの酔っ払いの、機嫌の良い豚の鳴き声のような鼻歌が録音されていただけで、到底、曲に仕上げられる代物は無いのであった。

結局の所、今年に入り、今日まで酒はやめる事はできず飲み続けている。本日は千秋楽であったが、今場所、稀勢の里が念願の初優勝果たした。この優勝が、ここ10年以上の大相撲ファン達にとって、どれ程の意味を持つか。酒を飲む、やむ終えない理由はまだまだある。
私はこれから、新町川ブリュワリーでビールを飲んで、そのまま新町川に飛び込もうかと思っている。

BIG THIRSTY CITY CHORDS

先週。岡山CRAZY MAMA1にてBIG CITYとの2マンライブ。
午前中は長江に仕事があって、そのあと1時間ほどスタジオにも入ったりし、昼過ぎ徳島を出発。岡山へ着く頃には日は暮れていた。
thirsty chordsとして岡山でのライブは5年ぶりで、個人的にleewayの演奏で来てはいるが、それでも4年ぶりである。もっと個人的に言えば、無職の時に西日本を旅行する際には、岡山駅を起点にしていたので何度も来てはいたが、その時は駅しか訪れなかったので、久しぶりに繁華街にあるCRAZY MAMA周辺を歩いてみると、忘年会シーズンということもあって非常に人が多く、こんなに都会だったんか、と改めて思った。
CRAZY MAMA1に落ち着き、BIG CITY松田、マット、サポートドラムのアンドウ君(folks)と合流。
で、この2マンライブ、楽しみであると同時に不安も多い。というか不安の方にかなり分がある。
なんと言っても集客である。ただでさえ、皆、忘年会などのお付き合いに忙しい時期の上、この同日、岡山県津山市には、国内のいわゆるアンダーグラウンドロディックのトップバンドの一つだろう、PRACTICEの来岡と重なっているのだ。
対するはこちら出演バンド、地元、ゲスト共にスターとは到底言えない。なのに何故、こんな日にこの2バンドのみで、無謀にもライブイベントを強行、凶行したのかというと、前回の日記にも記述した通り、誘うバンド、誘うバンド全て断られた事により、偶発的に決定された2マンショウなのである。ここにも集客の大きな不安要素はあって、BIG CITYというバンドは岡山のバンドではあっても、メンバーの松田、マットがここ岡山に住み始めたのはつい去年からの事、地元の繋がりがまだ全然薄いと見える。たとえスターでは無くとも、バンドに友人が多かったりすれば、遊び、飲み会感覚でも人は集まるのだが、事情から察するに、それも実に怪しかったりするのだ。
しかしながらも主催、松田君はバンドが集まらないと判れば、潔く2マンで腹を決めたようで、あとは如何に楽しくやるかに奔走してくれたようである。ライブ会場に彼お手製の燻製、おでんなどのフードを持ち込んだり、ドリンクには地ビール、焼酎を売ったりと、とにかくアットホームな雰囲気にしてあって、演奏自体も良い感じでやれた。案じていたお客さんも、ずっとたくさん入ってくれて、本当に楽しいイベントだった。

BIG CITY、PARKMATESでもある松田君とはもう10年くらいの付き合いだろう。
イアン・マッケイが、あるインタビューで「新しいアプローチ、アイデアは2000人の前では生まれない。そういうのは常に20人から25人くらいの前で起きている。」と語っているのを読んだが、我々thirsty chordsやPARKMATESは、この10年ほとんど、ずっと20人ちょっとの前ばかりで演奏している。そうすると、私達はもう相当の数のアイディアを生みだしてきていても良いようなものだが、ずいぶん難産のようで、未だ何か生まれたような気配はない。
先日、シカゴのメロディックパンクバンド、BOILERMANのGimが、今年5月のジャパンツアーで徳島で共演した時のthirsty chordsの録音を送ってくれた。この時もやはり、20、30人くらいの前での演奏だった。聴いていて、演奏合間に混じる声、野次は、古くからよく共演するバンドメンバー、イベンター、近所の寿司屋の娘など、いずれもほとんどが、もはや名前、顔の一致する友人ばかりで、この事からも、やはり新しい事なんて何も生まれていない気がする。
それとも知らない内に、もう生まれていて、どこかで勝手に育ってくれているのだろうか。

Gimの送ってくれたライブ録音のファイルは、インターネットで誰でも聴く事ができるようなので、興味ある方は聴いてみて下さい。

http://www.mediafire.com/file/lrhesgapwys96rd/TASCAM_0022.mp3

来週のライブの告知

今年はあと、来週の岡山と年末の県内、この二本のライブがある。

岡山は少し前はよく行っていたが、thirsty chordsとして行くのは2011年のwhat's what企画でのPEPPAR LAND以来である。そして今回5年ぶりの岡山は、BIG CITYとの2マンライブとなった。当初から、俺たちだけでやったろう、と意気込んだ感じの2マンでは無く、お誕生日会に誘っても誰も来てくれなかった感じの、2マンしか集まらなかった、というパターンで、いかにも我々らしいなあと思う。
長い間バンド活動をやっていても、2マンは初めてである。もちろんワンマンなんて今後に至ってもあり得ない。
今回はその分セット時間も長くあるようなので、せっかくだから普段やらない事も挟んで楽しくできたらと思う。名物にわか阿波踊りはもちろん、じゃんけん大会、イントロ・ドン、質問コーナー、ビッグシティ松田とサースティ大久保の新旧無職業によるビッグ対談、手品、などなど、色々考え中であるので是非、皆さんには観に来て頂きたい(予定は変更の場合もあります)。
以前高松で、BIG CITY松田君が、彼が別で活動しているバンドparkmatesと一緒にライブ出演した際、打ち上げでダラダラ酔っ払いながら「ぬるま湯が気持ち良いんですよ。僕たちはぬるま湯のプールを作りたいんですよ」などと壮大なような、みみちいようなビジョンを語っていた事がある。
あの時の坊やがどのくらい成長したんだか、お手並み拝見といこうじゃないの。

12/17(sat)
at 岡山CRAZY MAMA1
BIG CITY presents
「BIG CITY , Thirsty Chords ツーマン」
adv / door ¥1000
open 19:30 start 20:00