エコドライブ日記

この間のある休日。
実家で用事のある妻を車で送ると、思い立ってそのままドライブに出た。先月、10年以上乗った軽自動車を買い替えたので、ひび割れまくっていたタイヤがパンクする恐れもなく、雨が降るとドアの隙間から水が入るため、タオルで塞いでいた手間もなく、快適。
差し当たっての目的地を考えていると、「五滝行き」と行き先を示した市営バスと対向した。それで五滝には行った事が無いし、途中、以前より一度訪れてみたかった重要有形民俗文化財である犬飼農村舞台もある、そこに寄りつつ最終的に五滝にてマイナスイオンを摂取する、という行程に決めた。
浦川沿いを上流に向かって10分ほど走らせると、風景は里山の趣きになってくる。バスの回転場に、近隣の名所案内図があったので、五滝と農村舞台以外に何か興味を引く所は無いか見ていると、「立岩神社の天津麻羅」という巨石が絵入りで載っている。その描かれている形は男性の象徴そのもので、色んな土地でしばしば見られる男根崇拝が行われる神社だろうか。中学生でもあるまいし、こんなものを喜んで見に行く気は起きず、真っ直ぐ犬飼農村舞台を目指す事にした。
そこから、車は山あいの道を進み15分ほど、犬飼農村舞台のある五王神社に着いた。毎年11月3日の文化の日には今でもこの舞台を使って人形浄瑠璃が行われていて、地元の人だけでなく、観光客も結構集まるらしいが、当然今は何もやっていない。木の襖戸は固く閉ざされている。
ちょうど昼時で腹が減ったので、途中スーパーで購入した巻き寿司とフライ・ド・チキンを鞄から取り出した。神社の境内で肉を食べるのは少し気が咎められたが、農村舞台などは収穫祭に行われるもので、弁当を食べたり酒を飲んだりしながら見るはずだから良いだろうと自分で納得させる。それでもやはり肉食行為が気になってしまい、念のため、賽銭箱に100円玉を投げ入れ、「ここでチキンを食べさせて下さい」と、よくわからないお願いをした。
境内広場の草むらに腰を下ろし、何も演じられていない舞台を一人眺めながら、巻き寿司とチキンを食べた。

この後はさらに進んで5つの滝、五滝を見て回る予定だった。
が、私の車はというと、五滝とは逆方向、元来た方向を戻っていたのである。
なぜか。私は、本当はマイナスイオンよりも、あの天津摩羅が気になって仕方が無かったのだ。中学生、というより昼下がりの団地妻のように。
バスの回転場まで戻り、もう一度詳しく場所を確かめて、摩羅を祀る立岩神社へ向かった。道は細くなり、軽自動車でもUターンできる場所が無くなって来たので「金谷橋」という小さな橋を渡った所の、少し広くなった場所に車を停め、そこからは徒歩。少し歩いた竹林の茂る山に入れば、すぐに立岩神社はあった。社殿は無く、巨石とそれを祀る祠のみの簡素な神社である。
高さ5、6メートルはあるだろうか、縦長の巨石の両脇には2つの岩が配置されている。祠正面よりも横から見ると、より、らしい感じがある。しかし立て掛けられている由緒の説明を読むと、この天津摩羅は男根崇拝、という意味合いのものでは無く、かつてこの地に住んでいた鍛冶職人達の祖神を表し、祀ったもので、古事記の日本神話にも関係する重要な場所であるよう。
しかし自分は教養に乏しいものだから、その説明書きを読んでも、学術的関心を覚えるどころか、このそそり立った巨石を見上げながら、つげ義春「オンドル小屋」に登場する都会の若者3人組を思い出し、「大きいことはいいことだあ」なんて、古いCMソングを口ずさんでしまった。
帰り、この立岩神社の手前にあった金谷橋の欄干に、かつての鍛冶職人たちから伝えられてきたのだろう「たたら踊り」の様子を刻んだレリーフが男踊り、女踊りとそれぞれにあり、これが妙にかわいらしくて写真に収めた。

後日、この写真を、この地区にずっと住んでいる某バンドのギタリスト、昨今のプライバシー保護の観点から実名は避け、特定できないように「某ズ」としておくが、そのギタリストに見せてみた所、「この女踊りの一番手前、俺の婆ちゃんなんすよ」と言うので驚いた。天津摩羅の末裔が今ここに。